これは、ぼくが実際にパソコン通信で体験した事実です。
小学生の頃、『空と海の間に』というアマチュア無線を題材にしたフランス映画を見たことがあります。
映画『空と海の間に』
http://www.i-media-j.com/ja1swl/03/eiga_01.html
この映画の記憶が、アマチュア無線を始めるきっかけのひとつだったことは確かですが、それから何十年も経って、同じようなことを体験することになりました。それもパソコン通信で……。
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『パソコン通信で英語がわかった』(1994年、青峰社刊より)
■まえがき
「難病にかかったガールフレンドのために特効薬を探しているのだけれど、協力してもらえないだろうか」
アメリカのパソコン通信ネット「PAN (Pan Artist Network)」の日本人向け掲示板に、突然、こんなメッセージが書き込まれたのは、1987年4月のことだった。PANは、マサチューセッツ州ボストンにホストコンピューターを置くパソコン通信ネット「Delphi」の中に、ネット内ネットとして設置された国際パソコン通信サービスだった。
発言者の名前はルーベンス。南米アルゼンチンから書き込んでいるという。
彼のガールフレンドが必要としている特効薬は、アルゼンチンでは入手できないと医師から説明されたらしい。そこで、「ひょっとして医学が進歩している日本でなら……」と思いつき、日本人向けの掲示板にSOSのメッセージを掲載したのだという。
日本人メンバーで最初にルーベンスのメッセージを見つけたKさんは、日経MIXという日本国内のパソコン通信ネットワークにメッセージを転載した。日経MIXで転載されたメッセージを読んだぼく(同じくPANの会員でもあった)は、PANの掲示板でオリジナルのメッセージを確認すると、〈ある人物〉にメッセージを転送することにした。
〈ある人物〉とは、パソコン通信で知り合ったニューヨーク在住のユダヤ系アメリカ人である。この後、たびたび登場する彼の名は、メル・スナイダー。広告会社が集中するマンハッタンの五番街で、医薬品や医療機器の分野を専門に扱うPR代理店を経営するビジネスマンだった。
メルなら仕事柄、最先端の医学にも詳しいはずだ。ルーベンスが探している特効薬についても、何か知っている可能性が高いのではないか。そう考えての行動だった。
このときメルはビジネスのために来日中で、大阪のホテルに泊まっていた。そのメル宛てに、ワシントンDCに近いバージニア州マクリーンにホストコンピューターのあったThe Source(ザ・ソース)を経由して、オリジナルメッセージを添えた電子メールを送信すると、すぐに返信が届いた。
メルは、医薬品専門のオンライン・データベースで、ルーベンスの求める特効薬のことを調べてくれていた。この薬品は、アメリカのマサチューセッツ州にある大学で開発されたもので、まだ臨床試験が完了していないため、製品としての販売許可がおりていないという。メルのメールには、開発した医師の名前と連絡先も記載され、その全文をまるごと問い合わせをしてきたアルゼンチンの青年に送るようにとの添え書きがついていた。
ぼくは、メルから届いた電子メールの内容を、そっくりそのままPANの電子掲示板に転載した。すでに日本は深夜になっていたが、最初に日経MIXでSOSのメッセージを発見してから、まだ半日も経っていなかったはずだ。
2時間ほど仮眠をとった後で再びPANにアクセスしてみると、電子掲示板にPANの運営者からのメッセージが入っていた。
特効薬を開発したドクターの勤務する大学とPANの本拠地の両方が、たまたま同じマサチューセッツ州のボストン市内にあったことから、掲示板のメッセージを読んだPANの運営者が、すぐに大学に電話をかけてくれたのだという。
しかも、当のドクターとも連絡が取れ、アルゼンチンへの特効薬の輸送を了承してもらったというではないか。
それだけではない。アルゼンチン大使館とアルゼンチン航空が協力して、特効薬の輸送に当たってくれることが決まったとも書かれていた。
アルゼンチンから発信されたSOSのメッセージは、マサチューセッツ州のボストンを経由して東京に届き、今度は、バージニア州のマクリーンを経由して東京と大阪の間で電子メールが往復した。そしてボストンに戻ったメッセージを読んだネットワークの運営者がアクションを起こし、その薬品がアルゼンチンに届けられることになったのだ。それも1日にも満たない短時間のできごとだった。
最初にPANでSOSのメッセージを発見し、それを日経MIXに転載してくれたKさんも、その情報の転送をしたぼくも、まるでテレビドラマを地で行くような事態の推移に、ドキドキハラハラしながらパソコンの画面を見守っていた。おかげで、特効薬がアルゼンチンに届けられることになったという報告を読んだときは、全身の力が抜け落ちそうになったものだ。
「ガールフレンドが全快した。ありがとう」
というルーベンスからの感謝のメッセージがPANの掲示板に掲載されたのは、それから3ヶ月ほどが過ぎてからだった。
パソコン通信で知り合いになったアメリカ人が、たまたま医薬品に詳しかったため、こんなSOSにも応えることができたのだが、それにしても地球の裏側から発信された救援要請が、わずか半日ほどのうちに解決してしまうというのも、やはりパソコン通信ならではだろう。しかも、その情報の中継に介在したのは、Kさんやぼくのような“素人”だった。
電話やファクシミリのような1対1のメディアを使っていたら、こんなに早く情報が伝達することもなかったろう。パソコン通信の電子掲示板という、不特定多数の人が読んだり書いたりできるメディアだったからこそ、その情報は、あっというまに地球の裏側にまで届くことになったのだ。
もともと飽きっぽい性格のぼくが、パソコン通信だけは、スタートしてから8年以上も経つというのに、まだ飽きることなくつづけている。それも、この特効薬探しと似たような感動を何度も体験してきたからだろう。
パソコン通信をしていると、世界中の個人と個人が自由にコミュニケーションできるため、いつしか国境の存在さえも忘れてしまう。それが、いつわりのない実感だ。
ただし、パソコンが使えても、パソコン通信ができても、それだけで世界の人とのコミュニケーションができるわけではない。どうしても共通の言語が必要になる。
その世界の共通言語が「英語」であることは、誰もが認めざるを得ない事実だろう。
(後略)
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この「事件」については、当時(1988年頃だったかな)、「BOX」というダイヤモンド社から発行されていた雑誌の連載エッセイにも書いたことがあります。